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会報より

近い関係にあるバッハとモォツァルト 会員番号 K10 畠山久雄

 「モォツァルトを演奏するためにはバッハを勉強しなければならない。」というのを聞いたことがある方も多いと思われる。何故なのかちょっとだけ探ってみたい。

 バッハの音楽が古めかしく感じられ、一方のモォツァルトの音楽が親しみやすいことから、一般には相当年代が離れていると感じるのであるがそうでもない。ン〜十年前、弱冠二十歳の私が、フルートを本格的に勉強したいと東京の大先生にレッスンを受けていたとき『畠山君、バッハとモォツァルトはどの程度歳が離れている?』と聞かれ『200年くらいでしょうか。』と答えて、大笑いされてしまったことがある。

 さて、モォツァルトが1764年から65年にかけてロンドンに滞在し、そこでヨハン・クリスティアン・バッハと親しく交わって、この出会いによって受けた影響は生涯にわたるものとなっていることはご存知の方も多いであろう。ここでは、クリスティアン・バッハがモォツァルトに教えたということではなく、チェンバロの連弾で即興演奏を互いに楽しんだというのが真相らしい。こんなところにも若干9歳のモォツァルトの感性の素晴らしさ、クリスティアン・バッハの人柄がうかがえる。

 ところで、クリスティアン・バッハは、どんな人であったろうか。彼の生まれたのが1735年、父親のセバスチャン(大バッハ)が生まれたのが1685年であるから、父親は50歳という計算である。

 何と精力的なセバスチャン(脱帽!)。母親はどうであったかと下司な私は心配してしまうが、大バッハが2番目の妻アンナ・マグダレーナと結婚したのは1721年12月3日、大バッハ36歳、妻20歳の時であり、2年後に家族がライプッツッヒに移ってからのアンナは毎年のように子供を産み続けるのである。

 脱線ついでに、大バッハとアンナの子造りの続きであるが、ヨハン・クリスティアンのあとにヨハン・カロリーナ(1737)、レギーナ・スザンナ(1742)と続く。ということは、大バッハは52歳と57歳、妻アンナは36歳と41歳の時の子供である。何と精力的なお二人(再び脱帽!)。アンナとの間の子供は13人を数えるが、当時は幼時を越えて長らえたものは少なかったようである。

 話を一気に本線に戻そう。モォツァルトの生年から大バッハの生年を引くと71となり、身近な尺度では“昭和一桁から今の瞬間まで”と同じである。当時は、近年に比べ交通や時の流れも緩やかであり、記譜法や楽器の特性など、大バッハ時代とモォツァルトの頃はそれほど違わなかったのである。

 その例に倚音(appoggiatura)※の記譜法と演奏方法がある。大バッハの楽譜の旋律には倚音が小音符(前打音)で書かれている。そして、当時のチェンバロの楽譜には、ソロ楽器の旋律と左手の音符と数字しか書かれていないものが多い。右手にあたる部分の音はどうしたかというと、左手の音と数字、ソロ楽器の旋律から奏者が判断し、即興演奏したのである。このとき非和声音である倚音を小音符にしておかないと、演奏者は本来の和音を見失う可能性がある。モォツァルトも、この習慣を当然のように引き継いで楽譜を書いている。モォツァルトの楽譜で、倚音が比較的目に触れにくいのは後生の人が書き直してしまったこともあり、今の演奏家は「元はどうであったか」研究しながら解釈を進めなければならない。

 現在、譜面に小音符で書かれたものは装飾音符であり拍の前に音を出す、いわゆるフォア・ザビートで演奏する。しかし倚音にあっては、旋律のための大切な非和声音であるから、拍と同時に、大きく、許される範囲で長めに、いわゆるオン・ザビートで演奏する。ひとことで言うと、今と昔で小音符は演奏方法も効果も全く違うのである。

 他に多くの例があるが、大バッハとモォツァルトは“昭和一桁から今の瞬間まで”程度しか離れてないので、記譜法や様々な演奏習慣もそれ程変わらないであろうことは納得していただけるでしょう。したがって、「モォツァルトを演奏するためにはバッハを勉強しなければならない。」となるのである。

 脱線したので、本線に戻ってから結論を急いでしまったが、これだけの理由でバッハを勉強するのではないことは皆様ご承知のとおりである。

【参考】

Johann Sebastian Bach(1685〜1750) 大バッハ

Carl Philipp Emanuel Bach(1714〜1788) 大バッハ最初の妻マリア・バルバラとの間に生まれて成人した2番目の息子で、末弟のクリスティアンの師

Johann Christian Bach(1735〜1782) 大バッハ2番目の妻アンナ・マグダレーナとの間に生まれた最後の息子

Wolfgang Amadeus Mozart(1756〜1791)

※倚音(appoggiatura)【日:いおん、伊:アッポジャトゥーラ】短前打音(装飾音符)。記譜上は短前打音であるが、バロック時代は完全に旋律の一部として演奏され、記譜よりも長い音価をとる。解決和音に含まれない非和声音であり、解決和音に寄りかかるという意味で倚音と呼ぶ。