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会報より

モーツァルトの旅 ここまで来たらブルックナー詣でを・・・・・会員番号 K505 日景聡子

さて、前号でオーストリアはリンツ郊外の丘にある壮麗な修道院、ザンクト・フローリアンで行われた教会コンサートのことに少し触れましたが、今回はまずその演奏会の模様をご紹介しましょう。9月24日、夕闇迫る頃、丘の上の聖堂に防寒コートに身を包んだ老若男女が三々五々集まって来ます。日中は暖かくても、夜は秋田よりもずっと冷え込むのです。聖堂に入ると、玄関ホールの床の中央にアントン・ブルックナー(1824〜1896)の名が刻まれていました。その真下の地下にブルックナーは埋葬されているのです。そして、身廊に入って後ろを振り仰ぐと、白と金の装飾が美しいパイプオルガンが目に入ります。ブルックナーオルガンです。(先ほど見たプレートの真上に位置している)ブルックナーは青年期の10年をここのオルガン奏者として務め、その後はリンツの街の大聖堂のオルガニスト、音楽家として活躍しました。しかし、彼が永遠の安息の場と選んだのは街を見渡せる丘の上の聖堂、若い日親しんだオルガンの元でした。今夜は彼の6番のシンフォニーを、ズデネク指揮のチェコフィルハーモニーで聴くのです。ブルックナー音楽祭ですからモーツァルトはありません。祭壇前に仮設のステージが設けられています。私たちは聖堂の長いベンチの指定された席に着いて開演を待ちます。
柱と柱の間に線が渡され、そこにランプがつり下げられて灯っているので、高い天井の上の方はよく見えません。我らが団長(伊藤由雄氏)は、夜のコンサートではこの壮麗な聖堂の様子が分からないだろうと、昼のうちに一度見学に連れて来てくれました。限られた旅行日程で内容濃い最大のプランを用意してくれる天才です。さぁ、オーケストラのメンバーがスタンバイしました。指揮者が登場し、すぐ行きましょうという感じでタクトを振りました。チェロ、バスが何かを予感させるように静かに鳴り始め、どんどん重厚な音になっていき、導かれるように木管、金管が印象的なフレーズを響かせます。長方形に長い聖堂の前方から音がまっすぐ押し寄せて、全身が響きに浸されます。その心地よさといったら何と表現したらいいでしょう。すべてを忘れて奏でられる音にのみ身をまかせた一時間でした。この空間でなければ聴くことができない音の世界とでもいうのでしょうか。世界一流のオーケストラが、毎年ここにやってくる所以であろうと思いました。
モーツァルトは、生涯で五回ほどザルツブルクとウィーンを行き来して、リンツにも滞在しているのですから、このザンクト・フローリアンに立ち寄ったことがあったかもしれません。ここのオルガンは1770年頃に作らたということですから、モーツァルトが弾いた可能性もあるのではないでしょうか。私のこの推測は、もっぱら加藤代表に向けられています。「モォツァルト広場」の会員の皆さんなら察してくださるでしょう…。
明日は、いよいよ憧れの都ウィーンへまいります。
私たちのチャーターバスはドナウ川に沿って走り出しました。西ドイツ、ドナウエシンゲンに源を発して、東へ東へとヨーロッパの国々を縫って流れること三千q。ついには、ルーマ
ニアの最果てスリナで黒海へ注ぎ込んで終着するドナウ。宮本輝の小説、「ドナウの旅人」そしてこの小説を書くにあたって取材旅行をした顛末をまとめた「異国の窓から」をお読みになった方も多いかもしれません。まだの方はぜひ読んでみて下さい。「異国〜」では神戸出身の宮本氏、ヨーロッパ人に向かって関西弁でまくし立てるところなど、とてもおもしろいです。こういうところに感心してしまう私の品性に、難ありでしょうか?
ドナウエシンゲンでは小さな小川も、パッサウ、リンツと下るにつれて大河となり、今私たちの目の前を悠々と流れて行きます。リンツとウィーンの間にはドナウで最も美しいと言われているところがあります。ドナウ・クルーズのハイライト、メルクからクレムスのヴァッハウ渓谷です。小さいモーツァルトが父親に連れられて船で下ったこともあったでしょう。また、新妻を連れてザルツブルクへ里帰りするとき馬車で通ったこともある道を、私たちはバスで巡ります。両岸の斜面に葡萄畑が続いて、古城や中世そままの村が点在し、明るく美しい風景に目も心も洗われるようでした。(ここの葡萄から作られる白ワインは高級でおいしい!)ヴァッハウ地方一帯はユネスコ世界文化遺産に指定されています。
話を早くウィーンに進めたいところですが、今しばらく私たちのドナウの旅に付き合ってください。まずは<メルク>から、ドナウが大きく緩やかに蛇行する崖の上に巨大なキャラメル包みが?!キャラメル色の壮大なバロック建築のメルク修道院です。緑溢れる広い庭園を通り抜けて内部に入ると、そこは別天地。究極のバロック芸術の殿堂でした。ここの図書館には10万冊の蔵書があり、9世紀からの写本もあるということです。まるでウンベルト・エーコの「薔薇の名前」に出てくる図書館のようです。附属のレストランで昼食を取りましたが、おいしかったですよ。かわいい娘さんに勧められて飲んだ、ここで採れる黒すぐりのジュースがあんまり美味しかったので、以後旅行中ずっと、私はどこに行っても黒すぐり、黒すぐりでした。(どなたか秋田で扱っているお店知りませんか)<デュルンシュタイン> 教会の水色の塔がドナウに美しく映える中世そのまま、メルヘンの街でした。石畳の小道を行くとホイリゲ(ワインを飲ませる居酒屋)から楽しそうな声が聞こえてきます。ここには、5つ星の素敵な古城ホテルがあり、泊まってみたかったけど、この度は、白く輝く門の前で写真を撮って記念にします。
松竹映画「男はつらいよ」41作目でフーテンのトラさんがこの村に来ているのです。トラさん、生涯一度の海外旅行です。マドンナは竹下景子さんで、ウィーンで観光ガイドをしているという役どころ。彼女の案内で映画を観ている我々もウィーンの名所や美しい郊外の風景が楽しめます。
モーツァルトにゆかりのある街としては、クレムス、シュタインがあります。「ドナウのローテンブルク」と呼ばれる美しい街です。ここはモーツァルトの研究家で、作品番号になっているルードヴィヒ・ケッヘルの生地です。私たちのドナウ下りはここまでです。ウィーンは目前、次号こそはウィーン、シュテファン寺院前でお目にかかります。